
沿革 八幡祭の屋台行列は享保三年(1718)の開始と伝えられるが、その頃の屋台「湯の花」の組が分かれて仙人台の組ができたという。明和〜安永のはじめ頃に仙人台の屋台が造られたのであろう。その後再建し、寛政五年(1793)の記録には「仙人台」の名がみえ、当時は久米の仙人と美女のからくり人形があった。文政年間(1818〜30)改修。その後数度の修理ろ重ねて現在に至る。 文化改修 工匠 古田与兵衛・浅井一之
構 造 唐破風屋根 四輪内板車
特色 最も古い形を残した屋台といわれる。以前は他の多くの屋台が唐破風の屋根であったというが、切破風に変わり、この屋台だけが唐破風の古態を残している。屋根飾りには極彩色の剣巻龍を前後に立てている。往時は久米の仙人が、洗濯する美女の美しさに見とれて雲上から墜落するというからくりがあったが、明治初期に廃止され、現在は仙人の像のみが飾られている。
文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より