
沿革 延享四年(1747)以前の創建で、大変古い屋台である。当時は「大津絵」という台銘で「外法の梯子剃り」と呼ばれる福禄寿と唐子のからくり人形があった。文政九年(1826)、大破のため休台し、天保八年(1837)に再建された。この時四輪より三輪御所車となり、八幡宮にちなみ台銘も「鳩峯車」と改めた。安政年間(1854〜60)にも大破のため休台し、慶応三年(1867)修理、明治二十七年(1894)大修理その後も数度の修理を重ね現在に至る。 天保再建 工匠 牧野屋忠三郎・彦三郎
慶応改修 工匠 谷口与三郎宗之
明治改修 工匠 村山民次郎
構 造 切破風屋根 三輪外御所車
特色 見送り幕、胴掛け幕は綴錦織の高価なもので、天保再建の際、購入したものである。これだけ贅沢な幕をしかも四方に掛けている屋台は他にない。
文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より