神楽台(かぐらたい) 上一之町上組

沿革 古くから山王祭の神楽、獅子舞を主管し、初めの頃は白木のわくに太鼓をつって二人でかついだものであった。文化年間(1804〜1818)、四輪の屋台形にし、嘉永七年(1854)大改修により現台形となった。明治二十六年(1893)改修。その後数度の改修をする。

 嘉永改修 工匠 谷口延儔(のぶとし)
      彫刻 谷口与鹿(よろく)
 明治改修 工匠 村山民次郎
      塗師 田近宇之助
      金具 井上芳之助
 構  造 屋根無 太鼓昇降 四輪外御所車

特色 祭礼に際しては、侍烏帽子(さむらいえぼし)、素襖(すおう)姿の五人の楽人を乗せて獅子舞を付随させ、全屋台に先行する。曲は「場ならし」「高い山」など多数あり、場所により使い分ける。嘉永の改修のとき、金具に一坪(三・三平方センチメートル)あたり一匁(四グラム)の純金が使用された。

文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より


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