神馬台(じんまたい) 下二之町

沿革 享保三年(1718)から「高砂」の名で曳行したという。明和六年(1769)改造。文化十三年(1816)に神馬の人形を新調し、この頃から「神馬台」と呼ばれた。文政十三年(1830)再改造。安政年間(1854〜60)、明治三十五年(1902)修理。その後も数度の修理をして現在に至る。

 構  造 切破風屋根 四輪内板車

特色 下段四隅の丸柱は中段に突き抜けて、先端に青龍刀を付け四神旗をかけている。飾り人形は以前は高砂の翁と媼の二体であったが、文化九年(1812)に他組に譲り、現在は跳躍する白馬と二人の馬丁の人形を飾る。昔は、別名を暴れ馬といい、祭のときに隣にあった組などとよくけんかをしたという。紫鱗紋織り出しの大幕に刺繍された大般若面が印象的である。屋台囃子には雅楽の越天楽を用いる。

文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より


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