
沿革 創建年代未詳。はじめは「芦刈」という台名でからくり人形があったという。天保六年(1835)改造。この頃の台名も八幡宮の祭神応神天皇の豊明宮に因み、「豊明台」と改められた。明治三十三〜三十五年(1900〜02)大改修。その後も数度の修理をして現在に至る。 明治改修 工匠 村山民次郎
構 造 切破風屋根 四輪外御所車
特色 もとは天皇の即位する八角形の高御座を模した台形であり、明治改修以前まで、下段中段ともに、縁の四隅を切って八角形にしていた。現在はその名残りを大幕の部分に残している。屋根飾りの大鳳凰と宝珠、上段の菊花彫刻、中段の牡丹彫刻、中段の白彫りの十二支の彫刻、下段の唐獅子、御所車など、華麗に装飾された屋台である。
文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より