行神台(ぎょうじんたい) 下三之町

沿革 八幡祭の屋台行列の始まりといわれる享保三年(1718)には、屋台四台が曳かれたが、その一台「湯の花」から分かれて創建されたという。天保二年(1831)改修。明治八年(1875)の大火で一部を焼失し、同十六年(1883)恵比須台より部品を譲り受け再興した。その後明治三十六年(1903)より破損のため休台したが、昭和二十六年、大修理をして五十年ぶりに復活した、屋台蔵も創建した。昭和四十三年、昭和五十九年修理。

 構  造 切破風屋根 四輪内板車

特色 祭神として、役小角(役の行者)の飾り人形を祀り、中段高欄は玉垣、上段高欄の四隅には密教の法具五鈷をさすという形態になっている。これは、当地域が、役小角を崇敬する一人の行者によって開拓されたため、その遺徳を追慕したことに由来する。またこのような由緒から、以前は道開きの屋台として常に神楽台につぎ全屋台の先頭を曳いていた。

文書:「高山の文化財」(高山市教育委員会発行)より
写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より


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