


高山の三町を歩いていると、ところどころで白壁の土蔵を見かける。これは民家の土蔵ではなくて、屋台を格納する屋台蔵である。 屋台蔵は天保3年(1833)の大火後、順次たてられたもので、それまでは、まつりがすむと屋台は解体し、組内で保管されていたものであった。
屋台蔵は、頂部が肩すぼまりの四方転びになっているために、充実した安定感をみせているが、なかでも観音開きになっている扉には、誰もが感嘆の声を惜しまない。平均してひとつの扉の幅は1・3メ−トル、高さ6メ−トル、壁の厚さ30センチである。 これは高山に住んだ大工、左官、黒鍬(土工)鍛冶等工人の総合技術によって完成したものである。蔵のなかには、正面上段に祭神がまつられているほか、屋台・関係古文献・諸道具がおさめられている。
高山を訪れた多くの文化人たちが、「屋台のみごとさもさることながら、この屋台蔵はそれにもまして素晴らしい」と激賞しているように、屋台蔵は高山のシンボルのひとつである。
文書・写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より