
高山市城山に所在。三仏寺城主・飛騨守平時輔朝臣が、ある日狩にでて山野をかけめぐり、片野山中で奇瑞のことがあったので、永治元年(1141)に日吉山王を勧請し崇めたのが起原とされている。
その後、時輔の曾孫・景家は片野村の石光山に拠っていたが、養和元年(1181)、源義仲に攻められて落城し、社殿も兵火にかかって焼失したので、辛うじて御霊代を片野ヶ丘に奉還し、片野村の産土神(うぶすながみ)とした。
天正13年(1586)、金森長近が飛騨を平定して入国するや高山の天神山に築城し、片野村の産土神を現在の地に奉還して高山城の鎮護神として崇めた。
元禄5年(1692)、飛騨が天領となってからも、高山陣屋の代官・郡代の尊崇が厚かった。
明治以後は県社になったが、戦後は金幣社に列せられ、高山市南半分の氏神として市民の崇敬をあつめている。
−例祭4月14・15日−
文書・写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より