
高山のまつり行列は華やかで楽しい。神輿・獅子舞・大太神楽・雅楽・闘鶏楽・裃姿の警固などが、民俗芸能を披露しながら整然と市中を行進する。氏子たちは幾百年の伝統にささえられた芸能に誇りを感じ、地元、外来の客は感嘆の声を放つ。
王朝時代の絵巻物さながらの雅楽の列。烏帽子(えぼし)・狩衣(かりぎぬ)・袴の正装で威儀を正した社中が、笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・龍笛(りゅうてき)の三管、太鼓・鞨鼓鉦鼓(かっこしょうこ)の三鼓で奏しているさまはまさに現代の大宮びとである。この雅楽は鎌倉時代、近郷の地頭職であった多好方(おおの・よしかた)が伝えたものといわれている。
闘鶏楽は烏毛打ともいい、一般にはカンカコカンの俗称でよばれている。鉦と締太鼓を打ちながら行進するが、数十の曲目があって行列に興を添える。その特異な衣裳はカメラマンたちのよき被写体である。
獅子舞は徳兵衞獅子とよばれて、飛騨にある多くの獅子舞のなかでも伝統的なものである。浅黄に朱色で獅子頭の毛を模様化した油単をかぶり、静動おりまぜながらの曲技を披露すると、いっせいに拍手がおこり、最近めっきり多くなった外人客は、「ワンダフル」を連発する。
家紋を染めぬいた裃を着用して、1文字笠に紙緒草履の集団は警固の人たちで、時代劇のロケでもこんなにたくさんの裃姿は見られないであろう。腰に吊す印篭に数十万円をかける人もいるという凝りようである。高山の各家では貧富を問わず、まつりに奉仕するために、裃だけは持っているのである。
まつりのある地域で、簾をかけたり横幕を張っているのを見かけるが、これは神さまがお通りになるとき、家のなかのきたないものをお見せしないという、敬虔な伝統である。近来はめっきり少なくなったが、道に赤土を敷きつめる風習は、神さまが通られるところを浄めるというという意味があった。
春は桜吹雪の下を、秋は満山紅葉のなかを、神輿に供奉した行列がゆくとき、まつりは最高潮に達する。厳粛のなかに華麗があり、絢爛のなかに荘重がある。まつり行列は屋台とともに、高山まつりの双璧であり、車の両輪なのである。
文書・写真:「高山祭りの屋台」(社団法人 飛騨高山観光協会)より